二日目:記憶の欠落について

私は記憶力が悪い。

 

言ったことや見たことをすぐに忘れてしまうというよりは、最初から記憶する気がないような感じ…うーん、なんていうかあらゆる物事に対して「無意識」が多すぎるような気がする。

気が付いたらスマホに手を伸ばしている、コンビニに寄っている、コーヒーを入れている、朝目が覚めても起きないで二度寝する…最後のはあるあるかもだけど、スマホなんかは多くの人がそうなんじゃないかなって思う。

いったい何のためにスマホの画面を開くのか。

特に意識もしないまま画面をつけることの多さたるや、辟易するほどだ。

この無自覚な行動を一日に何度も繰り返していると思うと、相当な時間を無駄な行為に費やしているとやるせなく感じる。

意志薄弱な人間がコレという意思を持つにはどうすればいいのだろうか?

 

 

 

 

そんなときは。

宗教だ。

youtu.be

 

宗教とは心の支えになるもの。

ともすれば、熱中するものをみつけるということにもつながる。

今のぼくにとってそれは、ラブライブ!サンシャイン!!である。

 

グッズをかうため。

特典目当てに映画を見に行くため。

ライブにいくため。

聖地巡りをするため。

 

そう思えば、陰キャの僕でもバイトを頑張れる。

そう。自覚さえすれば。

 

僕の宗教なら。

追いかければその道が「輝く」はずだ。

 

 

しょーもない一日を書く

前日。眠いがままに練り。

 

風呂も入らで。

 

歯も磨かず。

 

目は十時に空くもまた練り。

 

気が付けば家に誰も居らず。

 

スマホは12時を示す。

 

不潔そのものはようやっと身体を起こす。

 

小水には行けど不潔顔はそのままで。

 

口はゆすぐのみ。

 

鏡に映し出された不潔の目には、どうにも意思が感じられないのだ。

 

さながら、自己というものに関心のない、生ける屍のような。

 

不潔は、不決の現れのように思えた。

 

僕の意思は?どこに。

 

深く物事が考えられないのは自覚していたはず。

 

「自覚」なんてものが、そもそもよくわかってないのではないか。

 

どうにも動物的な感性の持ち主なのか、感覚的にわからないものはわからないのだ。

 

映画一つ見終えて。

 

出てくる言葉は、だれもかれも使っているような「無理」「尊い

 

もはや「おもしろかった」すら表せなくなっているのか。

 

単純に面白かったからではなく、見終えて複雑な感情を抱いているにも拘わらずそれを言葉に表せていないだけならまだしも。

 

頭を空っぽにしてしか物事を図れないなら。

 

この世の文化といったものの大半は、理解しがたいガラクタと化すのだろう。

 

わかりたい。

 

映画を。

 

物語を。

 

他人を。

 

自分は。

 

あんまりわかんないままで。

 

ねむい。

 

練り。